2012年12月 3日

星野再審全国集会 640人が星野奪還を誓う

週刊『前進』08頁(2563号1面2)(2012/12/03)

星野再審全国集会
 640人が星野奪還を誓う
 “全国で証拠開示大運動を”

(写真 徳島、沖縄を始め全国の救援会が登壇。星野同志奪還へ全人民的な大運動をつくり出そうと決意を新たにした【11月23日 東京・赤羽】)

 11月23日、東京・北区の赤羽会館で「フクシマ・オキナワの怒りと一体で獄中38年を打ち破れ!星野再審全国集会」が開かれた。主催は「星野さんをとり戻そう!全国再審連絡会議」。71年11月の沖縄闘争を闘った星野文昭同志はデッチあげ「殺人罪」−「無期懲役」弾圧と対決し、38年間の超長期の獄中闘争を徳島刑務所で闘っている。星野同志を一日も早く奪還しようと、640人が集まった。各氏の発言・決意表明をとおして全参加者がひとつに団結し、来年を再審開始−星野同志奪還の勝利の年とするために、全証拠開示大運動を全国に広げて闘うことを誓い合った。

 賛同人から熱烈なアピール

 獄中で闘う星野同志の怒りと悔しさは私たちすべてのものだ。一日も早く奪還しなければならない。「検察官が隠し持っている証拠をすべて開示しろ」という証拠開示の大運動は、これまでに賛同人600人、うち弁護士240人を超えて広がっている。全日建運輸連帯労組関西地区生コン支部は1850筆の賛同署名を寄せた。
 こうした地平の上で集会は、労働運動、学生運動、冤罪と闘う人びと、弁護士、表現者、沖縄や福島を始めさまざまな人びとが参加し発言した。
 ロビーには、星野同志が福島との連帯の思いを込めて描いた絵画が展示され、開会前に多くの参加者が見入った。またDVD「星野再審運動この1年」が上映され、600人で闘った2月の徳島刑務所包囲デモを始め、参加者は闘いの興奮と感動を新たにした。
 開会のあいさつを共同代表の戸村裕実さんが行い、第1部として全証拠開示大運動の賛同人が発言した。まず藤田城治弁護士が全証拠開示の意義について、「検察は無実の証拠を隠す。結論ありきの裁判所の判断をひっくり返すためには、真実の証拠を突きつける以外にない」と訴えた。
 続いて客野美喜子さん(「無実のゴビンダさんを支える会」事務局長)はゴビンダさんの再審を勝利に導いた開示証拠の重要性を語り、佐々木信夫さん(桜の聖母短大名誉教授、福島・取り戻す会呼びかけ人)はキリスト者の立場から運動の拡大を呼びかけた。
 大津幸四郎さん(映画カメラマン、「圧殺の森」撮影者)は高崎経済大学時代の星野さんとの出会いを語り、恩田亮さん(法大「暴処法」弾圧裁判・無罪被告人)は自らデッチあげ弾圧と闘い一審無罪判決をかちとった立場から星野闘争への思いを語った。
 千葉商科大学教授で国鉄闘争全国運動呼びかけ人の金元重(キムウォンジュン)さんは、韓国留学中の1975年に韓国中央情報部(KCIA)によるデッチあげ弾圧で逮捕・拷問され7年間投獄されたこと、出獄後に再審を訴え今春に再審無罪判決をかちとったことを語り、「私自身、無実の罪で刑務所生活を強いられ、星野さんの苦しみも想像がつく」「これからの闘いに加わっていきたい」と述べた。こみ上げるものを抑えつつ静かに決意を語る金元重さんの発言は、参加者を心から感動させ奮い立たせた。
 飯田英貴さん(全国労組交流センター事務局長)は、「2月の徳島刑務所包囲デモで星野さんと合流した。来年を星野奪還の飛躍の年とする。鍵は労働運動の復権にある。外注化阻止・非正規職撤廃とともに、全証拠開示運動を全力で闘う」と決意表明した。

 “星野闘争を労働者の中に”

 第2部は「星野文昭さんの闘いとともに」と題して、桜井昌司さん(布川事件元再審請求人)、スティーブ・ゼルツァーさん(米運輸労働者連帯委員会)、福島菊次郎さん(写真家)のビデオメッセージが上映された。
 星野同志のメッセージが、連れ合いの暁子さんから紹介された(8面に掲載)。そして暁子さんは、「文昭の獄中38年、私とともに生きた26年は、見せしめとしてあるのではなく、無期をひっくり返し日々勝利してきた闘いです」「福島、沖縄、労働者の闘いが星野とつながることで大きな団結が形成され、お互いに揺るぎない勇気を与え合う」と確信をもって語った。星野同志のメッセージと暁子さんの発言に、参加者は大きな拍手で応えた。
 西村正治弁護士が徳島刑務所との闘いを報告、「奥深山さんの免訴を実現する会」の大塚正之さんが奥深山闘争の報告を行い、続いて全国24の救援会がのぼり旗を持って登壇した。徳島と沖縄の代表があいさつした。
 第3部として、事務局報告に続き再審弁護団が発言した。和久田修、岩井信、酒井健雄の各弁護士に続き、鈴木達夫弁護団長は、「裁判闘争的には敵を打ち砕いている。めちゃくちゃな論理で居直る司法権力をどう打ち砕くか。それが証拠開示の大運動だ」と述べた。そして、かつて仁保事件の被告とともに長崎の労働組合を回った時の体験から、「星野さんの闘いを真っ向から訴えた時、労働者階級は必ず決起する。力を合わせよう」と訴えた(8面に要旨)。
 最後に暁子さん、弟の星野修三さん、いとこの星野誉夫さんがあいさつし、共同代表の平良修さん(沖縄・牧師)が「必ず勝てる。前進し勝ちましょう」と呼びかけて集会を締めくくった。
 こうして集会は、星野同志との熱い一体感のもとに、感動し勇気がわく歴史的なものとなった。星野闘争は、国鉄・反原発、沖縄・福島・三里塚と一体で新自由主義攻撃を打ち破り、労働者人民の未来を開く闘いだ。全証拠開示大運動をすべての職場・地域・キャンパスに持ち込み、労働者人民の力で星野同志の再審・奪還をかちとろう。
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■星野文昭同志の闘いと再審闘争 星野同志は1946年、札幌市生まれ。高崎経済大学在学中の1971年11月、沖縄米軍基地の固定化と侵略戦争のための沖縄返還協定に反対し批准阻止闘争に決起。11・14渋谷暴動闘争の大爆発に打撃を受けた国家権力は階級的報復として、デモ隊のリーダーだった星野同志を、警察・検察がねつ造した逮捕学生の「供述調書」を唯一の証拠に機動隊員殺害の「実行犯」にデッチあげて指名手配、75年に逮捕・起訴。一審で検察官は「死刑」を求刑。87年に最高裁で「無期懲役」判決が確定。星野同志は獄中から無実を訴え、96年に再審請求。今年3月に第2次再審請求が棄却され、現在、異議申立を闘っている。