週刊『三里塚』 2頁(842号1面1)(2012/02/27)
市東さんの農地死守する陣形固めよう
3・11福島〜25三里塚へ総力を
反対同盟・北原鉱治事務局長に聞く
市東孝雄さんの農地死守を最大の課題とする3・25三里塚全国総決起集会が近づいてきた。この集会は同時に反原発、反TPP、沖縄基地撤去をかかげ、3・11福島集会の高揚を引きつぐ反「国策」集会だ。三里塚攻防の今年前半戦最大の闘いとして全・・・
市東孝雄さんの農地死守を最大の課題とする3・25三里塚全国総決起集会が近づいてきた。この集会は同時に反原発、反TPP、沖縄基地撤去をかかげ、3・11福島集会の高揚を引きつぐ反「国策」集会だ。三里塚攻防の今年前半戦最大の闘いとして全力での取り組みを訴える。北原鉱治事務局長に、集会にかける思いを伺いアピールをお願いした。
TPP・沖縄新基地阻止と一体で
3・25三里塚全国集会には、福島から農民を中心に被災した人びとも参加してくれると聞いている。
何度考えても福島原発事故による人びとへの被害とその救済の無策・無責任は許すことができない。今現在も15万人もの人びとが避難を余儀なくされている一方で、行き場がなく、高い放射線量の地域に泣く泣くとどまり、今この時点でも被曝を強制されている現実があると聞く。
特に、幼い子どもたちの安全地域への避難はまったく不十分だという。これらの人びとの避難や救済の一切を政府と東電の責任で、一刻も早くやらせなければならない。
三里塚47年の空港絶対反対の闘い、理不尽な国策を許さない闘いは、福島原発事故に示された無責任、庶民の生活無視の政治を正すためにこそあった。
「核の平和利用」なる欺瞞がすべての始まりだ。1945年のヒロシマ・ナガサキの被爆で、日本は核の怖さを思い知ったはずだ。それを原発という形で自他をあざむき、継続してきた結果が3・11の事故だ。
軍事基地化許さぬ!
2月19日、三里塚現地で自衛隊による南スーダンPKO派兵が行われようとしたことに対し、反対同盟は緊急現地闘争に立ち上がった。三里塚闘争が始まった1966年に、私は空港労組の招きで羽田空港を訪れたことがある。
その場で「成田は国際民間空港と言われているから軍事利用はないんでしょうね」と労組幹部に尋ねた。すると「それは違います」という話で、1週間後、今度は羽田のチャーター機を見学しに再訪すると、それはベトナムから帰ってきた、損傷の修理を待つ米軍の飛行機だった。その中には傷病兵も乗っているという説明だった。
この時から反対同盟は「成田軍事空港反対」をスローガンに入れた。にもかかわらず、今回のPKO派兵は、成田を避け羽田からの出兵となったが、先遣隊は何度も成田から出ている。成田を自衛隊出兵の拠点にしてはならない。
3・25集会での最大の課題は市東孝雄さんの農地強奪攻撃に対して、これをいかに阻止するかの陣形を固めることだ。三つの市東裁判は押しに押している。特に、「明け渡せ」と成田空港会社が要求する畑の場所について、特定がデタラメでその問題を追及する中から、敵側のボロが次つぎと出てきた。空港会社が明け渡せという畑を示す証拠(「同意書」や「賃借地境界確認書」)がデッチあげだったことが暴かれている。
しかも、当時の空港公団(空港会社の前身)は、市東さんの署名を偽造し、藤﨑政吉氏の署名も偽造し、私文書を偽造するという犯罪行為を行っていたことが判ってきた。もはや提訴は却下以外にない、というところまで来ているが、多見谷寿郎、白石史子両裁判長はあくまで空港会社の肩を持つつもりだ。もはや弁論で勝って判決で負けるなどということをくり返すわけにはいかない。
葉山岳夫弁護団事務局長が言うように、法廷と一体となった法廷外の大衆運動の力が求められるゆえんだ。しかも市東裁判では「仮執行宣言」の要求が空港会社から出されている、という。つまり一審判決が出たら畑の強奪に来ることがありうるということだ。
両裁判長は早期結審を狙っている。2012年が市東農地決戦の年だ、と訴える理由だ。
1月7日に57歳の若さで急逝した鈴木謙太郎君の弔い合戦でもある。
根本から変革を
今の腐りきった政治を三里塚の勝利から変えていこう。三里塚47年の闘いはその使命を担っている。幼子、若者が未来に夢を描けるような社会に。人類の将来すら危うい現代社会を、政治を根本から変革しよう。そのために、私は3月5日で満90歳になるが、まだまだ引退するわけにはいかない。この闘いに人生をかけることでこの年まで生きてこられたと思っている。
3月11日の福島集会には反対同盟も決起する。その高揚を作り出した力を集め、3月25日、成田市天神峰、市東孝雄さんの畑で会おう。
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10月21日に、羽田空港の4番目の滑走路の開業が予定されているけど、アジアやアメリカの航空会社などが次々とそちらへ移る計画を打ち出している。成田空港会社と千葉県、成田市などの自治体、さらに地元利権団体などは焦って、攻撃を私と反対同盟にかけてきているが、これは今年前半戦の三里塚の勝利に対する取り戻しの動き。どっしりと構えはね返していく。第3誘導路の軒先工事が私の生活に手をかけてきた時には黙っちゃいない。再び「本気」でやります。2000年から2001年、暫定滑走路の工事に対して反対同盟は断固反撃した。反対同盟の団結で、全国の労農学の応援を得て実力闘争に立つ。

団結街道を廃止する攻撃や第3誘導路の攻撃が強まっている。
しかも団結街道は、反対同盟の団結を象徴するかけがえのない道路です。だから「団結街道」と名づけられている。支援の人たちも「団結街道を無くす」と聞いて憤慨の声をあげてくれています。やはり三里塚闘争にとって特別な道なのです。実力で守り抜きます。

