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野本三吉さんを迎えてシンポジウム 「子どもの貧困」との闘いは人間の共同性を奪い返すこと 神奈川 

20171207b-1.JPG 12月2日、横浜市内で、「共に生きよう! それが教育労働者の仕事です」と題し、シンポジウムを開催しました。『貧困児童』などの著者であるノンフィクション作家・野本三吉さんの講演集会を本年3月に開催し、「子どもの貧困」の深刻な実態を明らかにしました。2回目の今回は、野本さんを助言者とし、現場の教育労働者をパネラーとして招き、「『子どもの貧困』と学校現場」というテーマを掘り下げる試みです。パネラーの青年教育労働者も「希望が持てた」と感想を寄せてくれました。大成功でした。

「生きる」とは
 シンポジウムは三浦半島地区教組の仲間がコーディネーターを務め、野本さんの問題提起から始まりました。野本さんは「生きるとは、①共に生きること、②次世代に共に生きることを伝えること、③人間と人間の関係をつくることです。こうした『生きる力』の源泉こそが労働です」と語り、子どもの成長も、労働すなわち人と人とがつながり生かし合うことを学ぶことだと指摘しました。だからこそ教育労働者の仕事とは、貧困に対して子どもに何かをしてあげることではなく、ばらばらにされた教育労働者自身が共に生き抜くことを現場で始めることだと鋭く提起しました。
学校現場から
 続いて小・中学校それぞれの教育労働者が職場での格闘を語り、約50人の参加者との間で熱気ある討論が交わされました。
 「『共に生きる』とは、子どもたちと教員への能力主義・評価制度を足元から拒否すること」「教育労働者と保護者は一緒に子育てをする横並びの関係だ。しかし学校が教育サービス提供者、保護者が消費者になると分断が始まる」「最近、学校にスクールソーシャルワーカーが導入されているが、家庭が大変な子どもを今いる場所から専門家に振り分ければいいということではない」「悪い労働条件の所にいい教育はない。多忙こそ問題の大元だ」
 新自由主義が生み出す人間関係の破壊に対し、同僚、子ども、そして保護者や地域との団結を求め、教育労働とは何かを問いながら様々な取り組みを行っていることが豊かに語られました。現場の教育労働者から「ここに来て気持ちがすっきりし、楽しかった」と感想が出され、本気で語り合うことの大切さを実感しました。
労働組合の力で
 また労働組合についても大きなテーマとなりました。青年教育労働者は、どう生きるのかを問うて主体的に組合をつくっていくことが大事だと訴えました。野本さんは「組合の原点である仲間づくりを本気で考える時です。今は小さくとも時代を変える力がここにあることは確かです」と集会の意義をまとめてくれました。野本さんが言う「生きる力」とは、文科省の言うような他人を蹴落とすための力ではなく、労働組合の力で、労働と人間の共同性を奪い返すことです。
 集会冒頭に、私が基調提起を行いました。国鉄分割・民営化以来の新自由主義が生み出した「子どもの貧困」の現実は本当に怒りに耐えません。
 年収122万円以下(月収10万円!)の「相対的貧困」世帯が15・6%。子ども(17歳未満)の7人に1人が貧困です。母子家庭の約5割が非正規職です。「貧困と格差」は子どもや青年から人間的な誇りさえ奪い絶望へと駆り立てる。さらに非正規職化・低賃金が「労働者家族の貧困」を生み出し、「貧困の連鎖」に子どもたちを追い込む。
 現代の「貧困」とかつての「貧乏」との大きな違いは、現代は共に支え合って生きる「共同性」がズタズタにされ、分断と孤立を強いられていることです。民営化に反対し、非正規職撤廃を目指す労働組合の存在なくして、子どもの貧困の解決はありません。それはまた地域に共同性をよみがえらせる闘いです。
 教育労働者にとって「子どもの貧困」と闘うことは、階級的労働運動を復権させる確実な水路になります。戦争・改憲・労働大改悪との歴史的階級決戦を前にして、闘う教育労働運動の復権は待ったなしです。(神高教OB 鈴木一久

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