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闘争記事: 2012年5月アーカイブ

三里塚・農地裁判で証人尋問開始、千葉市内をデモ

s20120529a-1.jpg 5月28日、千葉地裁・民事第3部(多見谷寿郎裁判長)での市東孝雄さんの農地裁判がいよいよ証人調べの段階を迎えた。「農地強奪を許すな!」の気概に燃えて、三里塚芝山連合空港反対同盟と顧問弁護団、支援の労働者・農民・学生・市民が心を一つにし、この日全力で闘いぬいた。
 開廷に先立ち、千葉市の葭川公園に続々と参加者が結集し、強い日差しの中で正午に反対同盟主催の集会が開かれた。北原鉱治事務局長が冒頭のあいさつで、「いよいよ裁判も山場に入った。正義が正義として通用するには、われわれ底辺の人間が立ち上がらなくてはだめだ。今日の法廷闘争を断固闘おう」と熱を込めて訴えた。 

北九州で放射能汚染がれき試験焼却に大反撃、搬入実力阻止したぞ!

s20120524c-3.jpg 私は、5月22日、北九州市での放射能汚染がれき試験焼却阻止の闘いを先頭で闘いぬきました。
 私たちの仲間は、搬入が予定された5月22日の前夜から、「放射能ガレキNO」の横断幕をかかげ、焼却予定の日明(ひあがり)焼却工場前に陣取りました。午前9時。6台の汚染ガレキを載せたトラックが工場前に到着。トラックに体当たりをして止めるところから闘いの火ぶたを切り、さらにトラックの列の間に私たちの車を突入させ、トラックを完全にストップさせました。「やったぞ!」の歓声が上がり、これに市の環境局や警察はあわてふためいたことはいうまでもありません。 

秋田で再稼働許すな!の第5波デモアクション

s20120524a-1.jpg 5月20日、原発反対・秋田デモ実行委員会による「今こそ廃炉だ! 再稼働やめろ! フクシマと団結しよう!」のスローガンを掲げた駅前一周の第5波反原発デモアクションが闘われた。この企画は、原発を何がなんでも再稼働しようとする動きに対抗して、「今ここで声をあげなくてどうするんですか!」という青年労働者の強い要望を受けて、4月末に実行委員会を開催して取り組まれたものです。
 14時からのデモ行進の前に、3名の仲間による熱い一言アピールが発せられ、フクシマから避難している子供連れのママさんたちを中心に30名を越える仲間が結集してアクションに打って出ました。 

「裁判員も原発も即時廃止だ!」日比谷集会に全国から950人

s20120523b-1.jpg 裁判員制度が施行されてちょうど3年目の5月21日、東京の日比谷公会堂で「裁判員制度廃止!全国集会」が開かれた。主催は「裁判員制度はいらない!大運動」。全国から950人が参加し、多彩なプログラムで裁判員制度廃止へ一層闘う体制を打ち固めた。
 集会は、交通ジャーナリストで「大運動」呼びかけ人の今井亮一さんの開会あいさつから始まった。今井さんは、「国民を罰則付きで裁判に参加させる――こんな『国民参加』はない」「『手直し』は国民の手で裁判員制度を廃止するところから始めよう」と呼びかけた。 

広島で狭山集会、「石川さんの怒りと今日の青年の怒りは同じ!」

s20120523a.jpg 5月20日、広島市福島町の西地域交流センター(旧西隣保館)で「5・23石川一雄さん不当逮捕49カ年糾弾!八尾北・西郡闘争勝利!」を掲げて広島狭山集会が開催された。3月の八尾北・西郡闘争の大勝利を受け、新自由主義と対決する部落解放闘争の路線を鮮明にさせ、6・10国鉄全国運動集会への広島からの大結集を実現する集会としてかちとられた。
 冒頭、石川一雄さんの5・23アピールを司会の広大解放研の学生が読み上げ、石川さんの怒りを共にして闘う決意を全体で固めた。 

東日本解放共闘が狭山集会かちとる

s20120520b-1.jpg 5月19日、東京の南部労政会館で、部落解放東日本解放共闘会議が狭山集会を開催し、労働者など95人が参加した。大阪市長・橋下を先兵とする新自由主義と対決する八尾北・西郡決戦と一体のものとして、無実の部落民・石川一雄さんへの不当逮捕49カ年を糾弾、第3次再審闘争勝利への決意を固めた。6・10国鉄全国運動集会の成功が狭山闘争を始めあらゆる闘いの勝利の土台となることを確認、大結集を誓った。
 まず3~4月の大阪・八尾市西郡での住宅明け渡し強制執行阻止闘争のビデオが上映された。当該の部落解放同盟全国連合会西郡支部の岡邨洋支部長を先頭として、攻撃を団結の拡大に転化して敵の狙いを見事に粉砕した闘いは、全参加者の感動を呼んだ。 

NAZENが経産省に2回目の署名提出行動

s20120519a-1.jpg 野田政権は「今夏の電力不足」を声高にキャンペーンし、原発の再稼働に全力を挙げている。福井県おおい町議会は5月14日、大飯原発3、4号機の再稼働への同意を決めた。野田首相は17日、「判断の時期はそろそろ近い」と意図をむき出しにした。絶対に許せない。
 5月18日、NAZEN(すべての原発いますぐなくそう!全国会議=な全)はただちに反撃に立ち上がった。経済産業省に対する第2回目の署名提出行動を行い、再稼働策動と原発推進政策を徹底的に弾劾しぬいた。 

沖縄闘争3日目、300人のデモで名護市民と交流!

s20120516b-1.jpg 沖縄闘争3日目、早朝から沖縄中部の米軍基地3カ所で、「7・8%賃金カット攻撃にストライキで反撃しよう! 定年後再雇用のパート導入絶対反対!」を訴える沖縄労組交流センターのビラを6・10国鉄集会のビラとともに配布。辺野古現地(辺野古、久志、豊原)でも全戸ビラを闘いぬいた。
 午前10時半、辺野古の浜に全体が集まった。早朝行動の報告を行った後、北部合同労組の富田晋委員長が辺野古闘争の歴史と現地情勢を語り、「辺野古は杭一本打たせていない。職場での攻撃、福島の原発も、沖縄の基地もすべて新自由主義の政策の結果だ。全国で階級的労働運動をよみがえらせて闘っていきましょう!」と結んだ。 

5・12沖縄集会、福島と沖縄を結び新自由主義粉砕へ戦闘宣言発す!

s20120515a-1.jpg 5月12日夕、今年の5・15闘争のメイン集会として「復帰」40年5・12沖縄集会が那覇市民会館中ホ-ルで開かれた。全国から青年労働者・学生を先頭に400人の仲間が大結集し、福島と沖縄を結び新自由主義と対決する5・15闘争として意気高く闘いぬかれた画期的な集会となった。午後の国際通りデモの爆発的高揚感を引き継ぎ、さらにテンションも一段と高く闘いとられた。
 集会のはじめに、写真家の比嘉豊光さんの70年当時の写真映像「沖縄闘争70-72年」が放映された。70年当時の全軍労闘争とそれを最先頭で牽引した全軍労牧港支部青年部の力強い闘いなどが映し出され、あらためて沖縄闘争における基地労働者の闘いの大きさを感じさせた。 

復帰40年、県民大会の場で沖縄とフクシマの怒りが結合!

s20120514a-1.jpg 5月12日に続き13日も晴れ、強めの風が赤旗を力強く翻す闘争日和だ。「怒 福島隊」の2本の大のぼりが宜野湾を吹き抜ける風にたなびく。
 復帰40年5・15県民大会が開かれる宜野湾海浜公園野外劇場前には、昼過ぎから「解雇撤回・基地撤去、非正規職を撤廃しよう! 新自由主義と闘い、辺野古新基地建設とめよう!」と大書された沖縄労組交流センターの横断幕が広げられ、3日間でのべ6千人の参加となった平和行進の到着を待ち構える。午前中、県庁前とパレットくもじで街頭宣伝を展開して結集した星野再審全国連絡会議の全国隊列、郵政非正規ユニオンののぼりも林立している。 

5・12那覇・国際通り、デモ隊と街全体がひとつになった!

s20120513a-1.jpg 「革命の火薬庫、沖縄にようこそ!」「われわれを非正規に突き落としておいて、子どもたちの未来まで奪うのか! 貧困と非正規、基地と戦争の島・沖縄。この沖縄を革命の島にするために、5・15ですべてをひっくり返そう! この3日間の闘いで沖縄を変えよう! 5・15沖縄闘争を国鉄闘争全国運動の6・10大集会につなげよう!」――沖縄の青年が怒りを炸裂させて訴えた。
 5月12日午後4時すぎ、沖縄県庁前は、沖縄と全国から集まった労働者・学生で埋まった。労働組合旗、のぼりが林立、中央に「怒 福島隊」の大のぼりが翻る。 

NAZENナガサキが汚染がれきの受け入れに抗議の申し入れ

s20120511a.jpg 5月11日、NAZENナガサキは、長崎市が被災地のがれき処理を受け入れようとしていることに抗議し、受け入れをしないように申し入れました。
 4月1日、長崎市議会は被災地のがれき受け入れを決議しました。日帝は放射能汚染されたがれきを全国に配布することで、福島原発事故によって燃え上がっている労働者の国家と資本への怒りをつぶし、階級支配を立て直すとともに原発再稼動への突破口にしようとしています。そして長崎でのがれき受け入れを強行し、「被爆地が受け入れたのだから」ということで全国の自治体での受け入れを一挙に進めようとしています。このような攻撃を絶対に許すことはできません。 

団結街道裁判、「国の手先となるな!」と裁判所を批判

s20120509a.jpg 5月8日、千葉地裁民事第3部(多見谷寿郎裁判長)で団結街道裁判が開かれた。三里塚芝山連合空港反対同盟と支援の労働者・学生・市民は、成田市と成田空港会社(NAA)によって強行された一昨年の団結街道封鎖に対する怒りをあらためてたぎらせ、法廷に詰めかけた。終了後の総括集会(写真)では、5月28日に行われる市東さん行政訴訟・農地法裁判の開廷前に、千葉市内デモを行い、さらに7月前半に三里塚現地闘争を闘い抜く方針が確認された。
 反対同盟顧問弁護団は、陪席裁判官の交代に伴う更新意見を陳述した。 

「原発全部止めたぞ!」の勝利のデモコール、広島の街にとどろく

s20120508b-1.jpg 「やったぞー!」「全部止めたぞ!」――勝利の喜びを爆発させるコールが、「フラワーフェスティバル」で数万の人々が集まる広島の街に響き渡る。「原発はいらない」「原発なくそう」の文字を貼り付けた大きな鯉のぼり2本が、抜けるような青空の中を泳いでいく。5月5日、広島でもついに「稼働原発ゼロ」に追いこんだ勝利感、解放感に満ちあふれた集会とデモがかちとられた。
 「福島の女たちと連帯するヒロシマ女たちの会」、NAZENヒロシマ、8・6ヒロシマ大行動実行委員会のメンバーを中心に60人が原爆ドーム前に集まり、「原発稼働ゼロ宣言」集会を行った。 

「原発廃炉・解雇阻止」掲げ5・6伊方―松山アクションを闘う

s20120508a-1.jpg 北海道泊原発3号機が停止し、「全原発を止めた」5月6日、全停止から全原発の廃炉へ、新たなスタートとして、「大飯・伊方原発の再稼動を許さない! 原発なくせ5・6伊方―松山アクション」を断固やりぬきました。
 朝10時、伊方原発のゲート前に、愛媛県内はじめ、大阪、兵庫、岡山、広島、香川、徳島からも遠路をおして集まり、35人で「伊方原発の再稼動をするな、廃炉にしろ」と伊方原発への申し入れ行動を行いました。瀬戸内海沿岸の各地から次々と「再稼動許さない、廃炉へ」との申し入れを四国電力へ叩きつけました。 

5・5東京・芝公園に5500人、原発全廃までさらに闘うと宣言

s20120506b-1.jpg 5月5日のこどもの日、「原発ゼロの日 さようなら原発5・5集会」が東京の芝公園23号地で開催された。同日、国内で唯一稼働していた北海道電力泊原発3号機が停止し、ついに50基の原発すべてが止まった(福島第一原発1~4号機は今年4月、電気事業法に基づき廃止になった)。前日までの激しい雨とはうって変わった五月晴れの下、芝公園には労働組合を先頭に5500人の人びとが集まり、自分たちの力・全国の人びとの力で原発をすべて止めた勝利を謳歌した。「これからも再稼働を阻止し続けよう」「さらに全原発を廃炉にし、社会を変えよう」があらゆる参加者の共通の思いとなった。新たな勇気と決意が会場を埋めた労働者民衆の心の底から沸き上がった。 

第三誘導路裁判、成田空港の「公共性」の虚構を暴く

s20120502b-1.jpg 5月1日、千葉地裁民事第3部(多見谷寿郎裁判長)で、第3誘導路許可処分取消裁判の弁論が開かれ、三里塚芝山連合空港反対同盟を先頭に、労働者・学生・市民が法廷を埋めて、農地強奪・農民追い出し攻撃への怒りをたぎらせ闘った。終了後の総括集会では、萩原進事務局次長が、市東孝雄さんへの農地強奪攻撃粉砕へ向け、5月28日に千葉地裁弾劾・包囲デモに決起することと、7月三里塚現地闘争への新たな方針を提起した。
 冒頭に陪席裁判官の交代に伴う更新手続きとして、反対同盟顧問弁護団が意見陳述を行った。
 

泉州住民の会総会に75人が集まる

s20120501a.jpg 4月29日、泉佐野市の泉の森ホール2階で、泉州住民の会の今年度の総会を開き、75人が参加しました。今年の総会は、関西新空港がものすごい危機を迎えている中で開催しました。関空―伊丹経営統合という危機対策、LCC(格安航空)に頼るしかない運営、泉佐野市は関空赤字を埋めるために「市の名前を売る」という究極の選択までするようになっています。われわれが批判してきたとおりに破綻しています。
 総会は、役員の司会で始まりました。来賓あいさつは、関西労組交流センター事務局長の上村敏行さん、連帯労組関生支部執行委員の武谷新吾さん、部落解放同盟全国連西郡支部長の岡邨洋さんの3人がされました。 

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